大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)905号 判決 1963年12月25日
控訴人 大豊自動車工業株式会社 外一名
被控訴人 神戸いすゞ自動車株式会社
主文
原判決文第一項を左のとおりに変更する。
控訴人両名は連帯して被控訴人に対し金四五万五、四五〇円並びにこれに対する昭和三五年五月二〇日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審を通じこれを一〇分しその三を被控訴人の負担とし、その七を控訴人両名の連帯負担とする。
事実
控訴人両名は適式の呼出を受けながら昭和三五年一一月一八日午前一〇時の当審第一回口頭弁論期日に出頭しないので陳述したものとみなした控訴状の記載によれば控訴人等は「各原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求めているのである。被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求め、本訴請求を減縮し控訴人等に対し連帯して被控訴人に対し金四五万五、四五〇円並びにこれに対する昭和三五年五月二〇日以降右完済まで年五分の割合による金員を支払うべきことを求めると述べた。控訴人等は右請求の減縮に同意する旨陳述した。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出援用認否は、
被控訴人において、
道路運送車輛法第五条によれば自動車登録原簿に登録した自動車の所有権の得喪はその旨の登録を受けなければ第三者に対抗し得ないものと定められているのであり、自動車抵当法第五条によれば自動車の抵当権の得喪もこれを前記登録原簿に登録しなければ第三者に対抗し得ず、また第二〇条によれば自動車はこれを質権の目的とすることを得ないと定められているのであるから、自動車所有者以外の者が正当な使用権限を有して当該自動車を現に占有使用している場合であつても右使用者から所有者の意思に基かないで更に他人に自動車の占有を移転する行為は、たとえ使用権者の当該他人に対する貸金返還債務担保の目的に出たものとしても、占有移転自体が既に前記法令に違反する権利移転行為というべきものであり、これによつて自動車所有者の円満な権利行使を妨害するものとして不法行為を構成する。被控訴人と福岡隆一の間における本件自動車の売買契約においてはその一条項をもつて分割支払による代金完済以前における買主の目的自動車の占有移転を明かに禁止し、しかも右契約は自動車取引業界において定型化されている約款に拠つて締結されたものであるから、自動車取引に関する営業をなす控訴人会社の代表者の地位にある控訴人前川松之助においても控訴人会社が福岡隆一から本件自動車の引渡を受ける当時その所有権がなお売主たる被控訴人に留保せられていることを知悉していたのである。また控訴人前川は当時控訴人会社の代表者たる地位に在つたのであるから控訴人会社も本件自動車の前記帰属関係を知つていたものというべきである。しかも控訴人会社はその名において敢て不法に福岡隆一から本件自動車の引渡を受けてその占有を取得継続し、その間控訴人前川はその子息をして控訴人会社の占有下に在る本件自動車を事実上使用させ若しくはその事実上の使用を抑止しなかつたことにより本件自動車を損傷せしめたものである。従つて控訴人前川は、控訴人会社が本件自動車の占有を不法に取得し且つその占有継続中自動車そのものの損傷に加功したものというべきであるから控訴人会社の本件自動車の占有取得とその後の車の損傷のため被控訴人が蒙つた損害は控訴人会社と個人資格における控訴人前川松之助両名による民法第七一九条所定の共同不法行為に因るものとして控訴人等連帯してその賠償の責に任ずべきものであり、仮に個人資格における控訴人前川松之助と控訴人会社との共同不法行為と認められないとしても、控訴人前川松之助は控訴人会社の代表取締役として職務上控訴人会社による本件自動車の占有取得維持に関し会社意思の決定をなし、しかも同会社による占有使用が被控訴人の権利を害することにつき悪意があつたものと認められ、悪意でなかつたとしても少くとも重大な過失の存することは前記主張事実によつて明かであるから、控訴人前川松之助は商法第二六六条ノ三に基き被控訴人に対する前記損害賠償の責に任じなければならない。
そして控訴人等の右不法行為に基く被控訴人の損害として、控訴人等が引渡を受けた当時本件自動車は金七五万六、四五〇円の価格を保有していたのであるが、被控訴人は神戸地方裁判所昭和三五年(ヨ)第四一一号仮処分命令を得その執行として同年八月一五日本件自動車を執行吏の保管に移したところ既に控訴人会社の占有期間中の不当な使用のため前記仮処分執行当時には衝突に基くボデイーシヤシーの損傷やクラツチ及びエンジンの機能喪失を生じ且つオートラジオは取外されていて殆ど運行不能の状況にあり、しかも新型車の発表時期を間近に控え、若し本案訴訟による終局的解決まで漫然時日を経過するときはその間に価格は急速に低下し損失が増大することが明かであつたため、同裁判所同年(モ)第九九二号換価命令を得てこれに基き同年九月二日本件自動車を同裁判所執行吏の競売に付し競落代金三〇万一、〇〇〇円を得て執行吏により供託せられた。したがつて被控訴人は控訴人両名の不法行為によつて前記価格と競落代金の差額相当の損害を蒙つたものであるからその賠償を求める。
次に若し福岡隆一の控訴人会社に対する本件自動車の引渡による占有の移転並びにこれに基く控訴人会社の占有継続の行為及びこれに加功した控訴人前川松之助の前記の行為等それ自体が、前記主張の如く違法に被控訴人の権利を侵害するものとして法律上直ちに不法行為を構成するとはいうことを得ず、したがつてこれを原因とする右損害賠償請求が理由がないものとすれば、予備的に次の理由によつて前同額の賠償を求める。
被控訴人は買主福岡隆一が前記売買契約所定の割賦代金中昭和三五年一月二〇日に支払うべき金額の支払を遅滞したので同月二二日頃福岡に対し約定に基き本件自動車の売買契約解除の意思表示をするとともにあわせて右自動車の返還を請求し、これに因つて福岡隆一は本件自動車につき適法にこれを占有すべき権限を失つた。その後に至り控訴人等は前記のように本件自動車が被控訴人に帰属するものであることを知りながら福岡隆一から引渡を受けて占有を取得維持することによつて、被控訴人が本件自動車の返還として福岡からその引渡を受けることを不能若しくは困難ならしめて被控訴人の福岡に対する引渡請求権を侵害した。被控訴人は前記の売買契約解除により福岡から遅滞なく本件自動車の返還を受けていたならばこれを早急に売却処分することによつて当時の価格金七五万六、四五〇円を取得し得た筈であるのに控訴人等の前記のような占有維持や使用の結果前記経緯による競売によつて僅かに金三〇万一、〇〇〇円を回復し得たに止まるからその差額四五万五、四五〇円は右引渡請求権の侵害に基く損害として、控訴人等は前記主張と同様共同不法行為上の責任として、又は控訴人会社については一般不法行為上の責任、控訴人前川松之助については商法第二六六条ノ三に基く責任として、被控訴人に対しその賠償をなすべきことを求める。
立証<省略>
控訴人等において、
被控訴人が自動車販売業を営む会社であつて福岡隆一を買主として本件自動車を、代金完済までその所有権を被控訴人に留保して売渡す旨契約して福岡に引渡し、控訴人会社が被控訴人主張の時期に本件自動車の引渡を受けたこと並びに控訴人前川松之助が控訴人会社の代表取締役として右自動車の引渡に関与したことはいずれも認める。もつとも右売買契約について被控訴人が主張する如き具体的内容の細目は知らない。
被控訴人が福岡隆一に対し本件自動車の所有権を留保したのはもつぱら福岡の代金支払義務の履行を確保しようとする趣旨に出たものに外ならないのであるから福岡において約定の代金支払義務の履行を怠ることさえなければ被控訴人が本件自動車の直接占有を回復し得ないこと自体が損失となるべき理由はなく、福岡が右代金支払義務を契約に従い履行するか否かの事実と本件自動車の事実上の占有が何人の手に存するかの事実とは別個でその間に必然的な関連はないから、控訴人会社が福岡から本件自動車の引渡を受けたことと福岡が右代金支払義務を怠ることによつて被控訴人に生ずべき損害との間には何等の因果関係もなく、控訴人会社が右引渡を受けることは不法行為を構成するものではない。控訴人等は本件自動車の占有中これを破損せしめたことはない。控訴人会社も自動車修理の営業をする会社であるから本件自動車の使用につき運行に支障を生ぜしめないよう随時手入れや修繕を加えていたのであるから福岡が前記売買契約に基きその使用を継続し得た場合に比較しそれ以上に価格の低落が生ずることはあり得ないところである。
次に控訴人等が共同して被控訴人の福岡隆一に対する本件自動車の引渡請求権を侵害したとの被控訴人の主張につき、福岡隆一が本件自動車を被控訴人から買受けたものでありその所有権はなお被控訴人に留保されていることは控訴人等も知つていたのであるが、被控訴人と福岡との間の前記売買契約に関し福岡が被控訴人主張のように代金の支払を遅滞しそのため被訴控人が福岡に対し右売買契約解除の意思表示をしたことは知らない。福岡は本件自動車を控訴人会社に引渡すまで引続き平穏且公然その占有をなしていたところから控訴人等においても福岡が被控訴人に対する買受代金の支払を約定に従い履行して遅滞がないものと信じてその引渡を受けたのであるから、たとえ右引渡当時には既に被控訴人に対する関係において福岡が本件自動車の占有権限を失つており、控訴人会社に対する引渡の結果被控訴人が福岡から本件自動車を取戻すについて何分の支障が存するに至つたとしても控訴人等に故意過失の責任は存しない。更に後日に至り被控訴人から控訴人会社に対し、本件自動車は被控訴人が福岡から返還を受くべきものである旨の申出があつた際控訴人等は、控訴人会社の福岡に対する債権の弁済を受けるまで控訴人会社の手許に預かるという福岡との合意に基いて同人からその引渡を受けたものであることを説明したところ、被控訴人は後日改めて福岡を加えて控訴人等と解決のための折衝に控訴人会社に出向くという意向を明かにしたので控訴人等は右折衝の機会を期待しているうちに、被控訴人は控訴人等の全く予期しない被控訴人主張の仮処分の執行をなしたのである。以上の経緯により控訴人等が被控訴人の説明によつて始めて福岡の本件自動車買受代金債務の不履行の事実を知つた後においてもなお控訴人等につき被控訴人の権利侵害の故意過失の責任のないことが明かである。
仮に福岡隆一が被控訴人から引渡を受けた以後において本件自動車につき生じた破損等のためその価格が減少しよつて被控訴人が蒙つた損害を控訴人等において賠償すべき責任がありとしても被控訴人主張の損害額算定の時期及び算定の方法は失当である。控訴人会社が福岡から引渡を受けた時期を基準とすべきものではないし、また損害額算定の方法として被控訴人の主張するところは一般に自動車所有者がその所有する自動車につき税務経理上便宜採用する減価償却の計算方法であつて当該自動車の時価の相当な評価方法とは認めることを得ない。自動車の客観的取引価格は同一種類の自動車一般に対する一般取引市場における需給関係、該車種に対する一般顧客や世人の評価好悪、新型車発表の時期若くは新型車の発売価格等諸般の事情と相関連してのみ形成せられるものである。したがつて被控訴人主張の損害額はこれを争う。
立証<省略>
外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。
理由
被控訴人が昭和三四年七月二一日福岡隆一を買主として、ヒルマンミンクス一台(一九五九年式PH二〇〇、車輛番号兵五そ七二七九号、前記及び後記にいう本件自動車がこれである。)を、代金完済まで所有権を被控訴人に留保して売渡す旨の契約を締結し右契約に基き当時福岡に本件自動車を引渡し、福岡が爾後その車を占有して自家の乗用に供していたところ、昭和三五年一月下旬頃控訴人会社が福岡との合意によつて同人から本件自動車の引渡を受けて占有を継続したことは当事者間に争がなく、当審における証人福岡隆一の証言によつて成立の認められる甲第一号証によれば、前記売買契約においては、代金一〇二万五、〇〇〇円、代金支払方法は同年一二月五日を第一回として昭和三六年八月五日の最終回まで毎月五日及び二〇日、総回数四一回に分割し各回金二万五、〇〇〇円ずつ割賦支払うこと、右支払のため契約成立とともに右各回の割賦金額を手形金額とし右各分割弁済期をその満期日と定めた約束手形を買主から売主に振出交付し、売主は右手形と引換えに本件自動車を買主に引渡し買主の使用を許すこと、買主は本件自動車の使用保管につき善良な管理者の注意義務を負うべきものとし、自動車の転貸又は第三者の権利の目的に供する等一切の侵害行為をなすことを禁止し、若し自動車の破損滅失盗難紛失等の原因により損害を生ずるときはたとえ買主につき不可抗力に因るものと認められる場合といえども買主において賠償の責に任ずべきこと、買主が右代金の割賦支払を一回でも遅滞したときは売主は買主に対し通知催告等何等の手続をすることなく直ちに売買契約を解除して本件自動車の返還を請求しうること、右により売買契約が解除せられた場合にはこれに伴い買主は本件自動車の使用権限を失い直ちに売主に返還すべきこと、等の条項が定められていたことが認められ、当審における証人福岡隆一及び林十七夫の各証言中後記措信しない部分を除いた一部と控訴人会社代表者兼控訴人本人前川松之助(以下単に控訴人前川松之助と指称する)尋問の結果を総合すれば、控訴人会社は自動車修理並びに新車及び中古車販売の営業をする会社であるが、昭和三四年一〇月頃経営資金調達の必要に迫られたので代表取締役社長前川松之助は福岡隆一に控訴人会社振出の約束手形四通、金額合計五〇万円(金一〇万円の手形二通、金一五万円の手形二通)の割引を依頼して同人にこれを交付したところ福岡は自らこれを割引するか第三者の割引を斡旋すべきことを承諾しながらその後前川社長の再三の督促にも拘らず一向に割引金を交付しないまま漫然日を経過するので前川から右手形の返還を求めたところ福岡はなお割引のためと称して暫時の猶予を求めて手形の返還をしようとしない。そこで昭和三五年一月下旬頃になつて前川松之助は福岡の手による右手形割引の成否並びに手形の使用に関し一抹の不安を感じたため控訴人会社の利益のため、将来右手形の返還若しくはその割引金の交付さえ受ければこれと引換えに返還するという約束で福岡の承諾を得て本件自動車を控訴人会社の手に引取り爾来控訴人会社においてこれを占有し、会社の必要及び会社関係者の私用のため乗用に供して使用を継続していたことが認められ、証人福岡隆一の前記証言中控訴人会社代表者前川松之助が福岡の意に反して強引に本件自動車を持ち帰つた趣旨の部分はにわかに措信することを得ず、他に右認定を覆えすべき証拠はない。そして本件自動車引取当時その所有権がなお被控訴人に留保せられている事実を控訴人会社代表者前川松之助外会社関係者等が了知していたことは当事者間に争がない。
当審における証人木津敏郎の証言によつて成立の認められる甲第一三号証、当審における証人伊賀治二、木津敏郎及び林十七夫の各証言並びに控訴人前川松之助本人尋問の結果(上記証言並びに本人の供述中後記の信用しない部分を除く)によれば次の事実が認められる。
福岡隆一は本件自動車の代金の割賦払として昭和三五年一月二〇日に支払うべき金額の支払を遅滞し、更に同年二月二〇日に支払うべき割賦代金も期日に支払わなかつたので、被控訴人は同月二二、三日頃前記認定の解除権留保及びその行使に関する特約に基き口頭をもつて福岡隆一に対して本件自動車の売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに即時本件自動車を返還すべきことを求めたが、前認定のとおり当時既に本件自動車は控訴人会社に引取られてその占有下に在つたため福岡は右返還をすることができなかつた。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右認定の事実によれば、控訴人会社は福岡隆一から引渡を受けた当初から本件自動車を占有してこれを自家の必要又は会社関係者の私用のために乗用に供し、供せしめるにつき、直接その所有者たる被控訴人に対抗し得べき正当な権利を有しなかつたことが明白である。
しかしながら被控訴人援用の道路運送車輛法第五条の規定並びに自動車抵当法第五条の規定は、単に自動車登録原簿えの登録をもつて登録済自動車の所有権又は抵当権の得喪等の対抗要件とする旨定めたに止まり、その事実上の占有移転そのものを禁じた規定でなく、自動車抵当法第二〇条も亦自動車を質権の目的となし得ない旨規定したものであつてその事実上の占有の移転行為までも禁止する趣旨を含むものでないことは右各規定の法文上明かであるから、前記各法条に依拠して、福岡隆一から控訴人会社に任意本件自動車を引渡しその占有を移転した行為自体を違法と評価することはできない。福岡隆一と控訴人会社との関係において、各当事者の主観的経済的目的は如何にもあれ、法律上においては本件各自動車の占有の事実上の移転が行なわれたということ以外に、なお右両名間において本件自動車を目的とする実体的権利の設定移転が行なわれた事実はこれを認めるべき証拠はないから、前記法条に基き右占有移転行為をもつて控訴人会社及び控訴人前川松之助の被控訴人に対する不法行為を構成するものとすることを得ない。
また被控訴人は前記売買契約における本件自動車の占有移転禁止の約定を援いて控訴人会社の占有取得の違法を主張するけれども、右契約はもとよりその当事者たる被控訴人と福岡隆一との関係を相対的に律するに止まり、契約関係外にある第三者たる控訴人等に対しては如何なる拘束をも及ぼすものでないから、控訴人会社若しくは控訴人前川松之助の占有取得は、その前主たる福岡隆一について観察すれば、その被控訴人に対する関係において契約に違反する行為に出たものと評価せられることを免れないとしても、控訴人等の行為としての本件自動車の占有取得が福岡の側における前記契約違反の結果を惹起すべき直接の原因となつたという一事を理由として、直ちにこれを違法と評価することは許されないところである。もとより前記売買契約外の第三者たる控訴人等の行為といえども、若しその行為を原因として被控訴人に対する福岡隆一の契約上の債務の履行が不能ならしめられた場合においては、右行為につき故意過失の存する限り控訴人等は被控訴人の債権を違法に侵害したものとして不法行為上の損害賠償の責を免れることを得ないものというべきであるけれども、被控訴人と福岡隆一との間の本件自動車売買契約における前記認定の如き約定内容を総合考察するときは、他人に対する本件自動車の占有移転禁止の約定の趣旨は、割賦により支払うべき代金の完済まで本件自動車の所有権は売主たる被控訴人に留保せられるべきものと定めながら、しかもなお契約成立とともに本件自動車は直ちに買主たる福岡に引渡されてその使用に委ねられるという事情に鑑み売主の不測の損害を防止する一方法として買主の使用に付した事実上の負担又は条件として事実上の占有を福岡に保留せしめんとするにあるのであり、被控訴人と福岡隆一の間において、特に被控訴人のために本件自動車の事実上の占有を他に移転せざるべきことを目的とする不作為の債権債務関係を設定しようというまでの趣旨とは解せられない。そうだとすれば控訴人会社若しくは控訴人前川松之助が福岡から本件自動車の事実上の占有の引渡を受けたこと自体をもつて被控訴人の福岡に対する不作為債権を侵害したものと認めることもできない。更にまた被控訴人は福岡との売買契約に基き契約成立とともに既に本件自動車を引渡した代金完済に至るまでの間福岡の使用に委ねたのであるから爾後右契約の効力にして存続する限りにおいては、被控訴人は本件自動車の使用価値を享受しないことを自ら承諾し予定しているものと解せられるとともに、福岡が社会観念上正常と認められる普通の用法に従いこれを乗用に供することに伴い生ずべき自然的損耗等価格の低減はこれを、当然被控訴人自身の負担たるべきものとしたか、然らざれば始めからこれを各回の割賦代金額中に含ましめることにより結局買主の負担に帰すべきものとして、それ以外特に使用料等別個独立の名目をもつてする損失填補は企図していなかつたものと解するのが、前記売買契約の本旨に照らし相当であるから、たとえ福岡が本件自動車を第三者たる控訴人会社若しくは控訴人前川松之助に引渡しその使用に委ねたとしても、右自動車売買契約にして存続し且つ現に本件自動車を占有使用する控訴人会社の使用状況が、その保存の仕方、運行の際における車の取扱等の点につき自家乗用自動車の使用方法として一般社会生活上正常と認められる範囲を逸脱しない限りにおいては、その使用に伴い通常生ずべき程度の自然的損耗及びこれによる価格の低下は被控訴人の財産に加えられた不法の損害とはならないものというべきである。したがつて控訴人会社若しくは控訴人前川松之助が本件自動車を占有使用するという行為自体を原因として被控訴人に対して損害賠償の責に任ずべき理由はない。
しかしながら前記売買契約の存続中といえども、若し控訴人会社や控訴人前川松之助がその過失又は故意によつて前記説明のような一般社会観念上通常且正常と認められる方法、態様を逸脱してその占有下にある本件自動車を会社の用途に使用し又は第三者の私用に供せしめ、因て正常な使用過程において通常生ずべき自然的損耗の程度を超える破損を加えたときは、もとより違法に被控訴人の本件自動車所有権を侵害したものとして、右損害に対し不法行為上の賠償責任を免れないものである。そして成立に争のない甲第三乃至第五号証と当審における証人伊賀治二及び木津敏郎の各証言の一部を総合すれば、被控訴人の申請に基き神戸地方裁判所が控訴人会社を債務者として発した昭和三五年(ヨ)第四一一号号仮処分命令の執行として同裁判所執行吏が同年八月二三日、本件自動車に対する控訴人会社の占有を解きこれを執行吏の保管に付した当時における本件自動車の具体的状況として、車体前部ヘツドライトとその周囲及びフエンダー等の個所に接触に因ると認められる外部塗装の剥落や陥没が存し、またクラツチの機能不全やエンジン出力の不足等の缺陥もあつて自走力を缺き、移動のためにはこれを牽引しなければならず、その他車体取付けのラジオも取外されていたことが認められるけれども、本件自動車に存した以上のような破損の具体的程度、その後右破損個所の修理、不完全機能部分に復旧の手入を加えたこと及びそれらに要した具体的費用額並びに上記のような破損や機能不全が、福岡から控訴人会社若しくは控訴人前川松之助に本件自動車を引渡した以後被控訴人と福岡との間の前記売買契約の存続期間中に発生せしめられたものであるという事実は、いずれもこれを認定すべき証拠がないから、右破損等をもつて、控訴人会社若しくは控訴人前川松之助が単独又は共同して違法に被控訴人の本件自動車所有権を侵害して惹起せしめた損害として被控訴人に対しその賠償をなさしめるに由ないところである。
次に当審における証人伊賀治二、木津敏郎及び林十七夫の各証言(但し上記証言中後記の信用しない部分を除く)と控訴人前川松之助本人尋問の結果を総合すれば、被控訴人と福岡隆一との本件自動車の売買契約が前記認定のように解除せられた当座は福岡隆一は被控訴人に対して本件自動車が控訴人会社に引取られている事情やその所在場所を祕匿していたのであり、その後同年三、四月頃になつて漸く控訴人会社が引取つて本件自動車を占有使用していることが被控訴人に判明したので、遅くとも同年五月一〇日頃までには被控訴人会社から木津敏郎及び伊賀治二の両係員が控訴人会社に赴き常務取締役林十七夫に対して福岡隆一との売買契約が解除せられた事情を説明して本件自動車の返還引渡を求め、またその頃代表取締役前川松之助に対しても同様に事情を明かにして本件自動車の返還を求めたが、控訴人会社の側では、右林常務にしても前川社長にしても、被控訴人の返還要求に接する都度福岡との間の前記手形授受関係の未決済を理由として申出に応ぜず、控訴人会社、福岡隆一及び被控訴人の三者が会合折衝して解決すべきことを提案してこれを固執し、被控訴人側においても必ずしも右提案に反対はしなかつたが、その会談の日時場所等具体的実行方法までは協定するに至らずして結局右会合は実現せず、福岡においても控訴人会社との前記手形関係決済に尽力しなかつたので被控訴人は控訴人会社から本件自動車の任意返還を受けることができなかつたことが認められ、当審における証人伊賀治二の証言中被控訴人の控訴人会社に対する本件自動車の返還交渉の日時に関する部分は弁論の全趣旨に照らして措信することを得ず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。以上認定の事実によれば、被控訴人と福岡隆一との本件自動車売買契約が解除せられたため福岡においては即時被控訴人に自動車を返還すべき義務があるという事情を明らかにして控訴人会社が被控訴人から本件自動車の返還を求められた前記認定の昭和三五年五月一〇日頃以降は、控訴人会社については前記説明のような本件自動車の無権限占有使用につき故意の存したものと認むべきであるから、控訴人会社は爾後本件自動車の占有を継続して被控訴人の本件自動車所有権の行使を妨げることに因り被控訴人に生ずべき損害を賠償すべき義務がある。そして前記認定の事実の経過、当審における証人林十七夫の証言、当審における控訴人前川松之助本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、控訴人前川松之助は終始控訴人会社の代表取締役たる地位においてその職務上自ら福岡隆一との間の前記手形の割引交渉、本件自動車の引取、被控訴人の右自動車返還請求に対する応待処理に当つたものであることが明らかであり、右に反する証拠はないから、控訴人前川松之助もその個人資格において故意に被控訴人の本件自動車所有権を侵害したものとして控訴人会社と連帯して被控訴人に対し右損害賠償の責に任ずべきものである。
控訴人等は、被控訴人から本件自動車の返還請求を受けた際福岡隆一を加え三者の協議によつて紛争を解決すべきことを提案し被控訴人もこれに同意しながらその後被控訴人の方で福岡を同伴して控訴人会社に来て折衝しようとしなかつたものであるから控訴人等に責任がない旨主張するけれども、控訴人会社が被控訴人に対し右趣旨の提案をなしたところ被控訴人において一応これに同意しながらなお双方間に具体的な会談の打合せまでは成立するに至らなかつたこと前記認定のとおりであるし、三者が会合して折衝するにつき被控訴人が一応同意した事実を促え、被控訴人と控訴人会社の間においては三者会合による折衝によつてのみ右紛争を解決すべき方法として限定し、その解決を見るまでの間は控訴人等において本件自動車を占有してその使用に供することを被控訴人において正当として承認するというまでの意思表示をしたものとは到底解することを得ないし、その他控訴人会社若しくは控訴人前川松之助の本件自動車の占有使用の継続を被控訴人に対する関係において法律上正当と認めるべき事由の存することは控訴人等において主張せずその証明もないのであるから、控訴人等の右主張は採用し得ないところである。
そして当審における証人伊賀治二及び木津敏郎の各証言(但し前記措信しないものを除く)、当審における鑑定人山中善三郎の鑑定の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、被控訴人は自動車販売を主たる営業目的とする会社であつて、若し控訴人会社が被控訴人からの前記認定の返還請求に応じて遅滞なく本件自動車を所有者たる被控訴人に引渡したならば、被控訴人はこれを点検のうえ通常の使用に要すべき修理手入を施して、遅くとも昭和三五年七月末日までには本件自動車を金六五万円の代金で他に転売し得た筈であり、右価格により転売したるべき事情は控訴人等において前記返還請求を受けた当時既にこれを予見し得た筈のものであることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。なお昭和三五年五月一〇日以前、特に同年四月末日までに被控訴人が控訴人会社に対し福岡隆一との本件自動車売買契約を解除した事実を明示して本件自動車の返還を請求したこと、右請求に応じ控訴人会社から遅滞なく本件自動車の返還を受けていればその当時早急に本件自動車を他に転売したであらうこと及びその転売価格が金七五万六、四五〇円なるべかりしこと並びに前記認定のように本件自動車を被控訴人が他に転売し得たであらうと認められる昭和三五年五月一〇日頃以降同年七月末日までの期間における転売価格が前記認定の六五万円を超え七五万六、四五〇円であつたこと等の事実は、被控訴人の全立証をもつてしても未だこれを肯認するに足りる証拠ありと認めることを得ない。
したがつて右転売価格相当の六五万円をもつて、控訴人会社が本件自動車を前記のように占有使用したことにより違法に被控訴人の所有権を侵害し因て被控訴人に生ぜしめた損害の額といわなければならない。この点につき成立に争のない甲第二乃至第一一号証によれば被控訴人は控訴人会社に対する所有権に基く本件自動車引渡請求の本案判決執行保全のため前記のように神戸地方裁判所同年(ヨ)第四一一号仮処分命令を得て同年八月二三日これを執行し因て本件自動車に対する控訴人会社の占有が解除せられて一旦大阪地方裁判所執行吏の保管に付され次で同月二四日神戸地方裁判所執行吏の保管に移されたものであるが、その後同裁判所同年(モ)第九九二号換価命令に基き同執行吏は同年九月一四日本件自動車を競売しその売得金三〇万一、〇〇〇円を供託したことが認められる。しかしながらこの売得金はもとより未だ終局的に被控訴人に帰属するものとなつたわけではなく、被控訴人が控訴人会社を被告として前記仮処分の本案たる本件自動車の所有権に基く引渡請求の訴を提起し、勝訴の確定判決を得てこれを前記執行吏に提出して供託金額の引渡を求めその払渡を受けるに至つて始めて確定終局的に実体法上被控訴人に帰属するものであつて、それまでは右仮処分手続において本来の仮処分目的物たる本件自動車の代位物としてこれと同一に取扱われるべき性質のものであるから、決して被控訴人の蒙つた財産的損害の直接の填補たるべきものではなく、また被控訴人の受けた財産的利益を以て目すべきものでもない。したがつて控訴人会社及び控訴人前川松之助の被控訴人に対する前記損害賠償の範囲を定めるにつき、右供託にかかる売得金の額と被控訴人に生じた前記認定の損害額六五万円とにつき損益相殺を行なうべきものではない。それにも拘らず被控訴人に生じた前記認定の損害六五万円全額につきこの判決において後記のように控訴人会社及び控訴人前川松之助に対し全額の賠償を命ずることなく、金四五万五、四五〇円の限度においてのみ賠償すべきことを命ずる所以は、偏えに被控訴人が当審において請求を減縮し右金額以上の請求をなさないことによるものに外ならない。
以上説示したところによれば控訴人等は連帯して被控訴人に対し前記転売価格相当額六五万円の範囲内たる金四五万五、四五〇円並びにこれに対する本件不法行為発生の後である昭和三五年五月二〇日以降右支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務のあることが明かであるから右義務の履行を求める控訴人の請求は正当として認容すべきものである。これと一部趣旨を異にする原判決主文第一項はこれを主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条第九三条第九〇条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)